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パンダ外交

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場所はJ国の外務省。若手官僚が大臣室に飛び込んでくる。

「大臣、大変です!」

「おお官僚の松下君じゃないか、どうしたんだ慌てて」

「パンダが子供を産みました!」

「数年前にC国からもらったあのパンダたちか、やったじゃないか」

「それが、大変なんです。とにかく見てください!」

官僚の松下は服の中から数枚の写真を取り出し大臣に見せた。

「なにこれ」

「パンダの子供です」

「いやパンダじゃないよ君。目、四つあるじゃん」

「ありますね」

「つの生えちゃってるよほら」

「生えてますね」

「尻尾も……ねぇ」

「とても長いです」

「作り物?」

「3匹とも本物です、さっきパンダのランランが生みました」

「おー……珍しい事もあるもんだ」

大臣はじっと写真を見つめる。

「これ孫に送っていい?」

スマホを取り出す大臣の手を松下が制止する。

「大臣、それよりも今はやるべきことがあります。一度動物園に視察に行っていただいてもよろしいでしょうか」

動物園。普段は作業着を着た飼育員しかいないスタッフルームだが、今日の雰囲気は少し違っていた。スーツを着た官僚たちと大臣がゾロゾロと中に入っていく。

「随分と折り目正しい連中だな。息が詰まる」

動物園の園長がぼやきながら案内した先に、例のパンダたちがいた。3匹ともスタッフたちに健康状態などをチェックされているようで周りには様々な器具が置いてあった。

「今のところ健康状態に問題はありません。ただ…..DNAの解析結果母親のパンダと一致しませんでした」

「つまり?」

「現時点ではどの種類の生物とも一致していません。おそらく新種です」

一瞬の静寂。その後すぐに動揺の声がザワザワと広がる。

「うちは何匹もパンダを育て、無事に成長させた後C国に返還してる。育て方にミスがあったとは思えない」

「分かってます園長。動物相手なので不測の事態はつきものです。ただ今回は他国から借りているパンダとなると……」

類を見ない事態に場の空気は凍りつく。松下が言葉に詰まっていると、大臣がずい、と前に出た。

「で、これどうすんの?」

あまりにも気の抜けた声色に全員の注目が大臣へと集まった。

「どうする、とは」

「だからさ、育てるの?笹食うの?」

「そうですね……新種のパンダについてはこれから動物園側と連携してデータを集めるしかありません。とにかく大臣にはマスコミの取材対応やC国と結んだ条約等の話し合いなどやっていただかないといけない事が多々あります」

「ま、とりあえず待ちって事ね」

大臣はそう言い捨てるとスマホを取り出し、パンダたちの写真を一枚撮った。

『それでは今回生まれたランランの子どもたちは、パンダとは異なる全く新しい種類の生き物という事でしょうか』

『えー、現在調査中ですので詳しい事はお答えできません』

『今回生まれたパンダたちについて、C国側にはどのように対応するつもりでしょうか』

『えー、その点に関しましても、現在各分野と連携し適切な対応を取っていけたらと考えています』

『対応が後手後手に回っているとの声もありますが』

『えー、あのねー、後手後手って君こんなの初めてなんだからしょうがないでしょ。生まれちゃったもんは仕方がないよ。案外可愛いよ角なんか立派じゃないカブトムシみたいで』

プツッ。松下はテレビを切る。ニュース番組では新種のパンダと大臣が炎上したインタビューを繰り返し流している。時間がない中マスコミ用の回答を作ったのに、あのクソジジイ最後の最後に悪い癖がでやがった。

「いやーごめんね遅くなって。カミさんに怒られちゃったよ。孫はおじいちゃんがテレビに出てるーなんて喜んでたけどね」

クソジジイがヘラヘラしながら大臣室へ入ってきた。松下含めた閣僚たちの思いは一つだった。

「で、今日は何?」

室内で1番フカフカの椅子に座ると、大臣は興味なさそうに松下に尋ねる。

「条約についてです」

「条約?」

「はい。わが国とC国が結んでいる条約の内容によれば『貸与されたパンダ及びその子のパンダは、権利をC国が所有しC国へ返還する』とあります」

法務担当の男が条文を読み上げる。

「パンダ、毎回返してるもんね。それが何か問題あるの?」

「生まれた子をパンダと見なすかどうかです」

環境省の男が答える。

「条約には『子のパンダ』とあります。しかし今回生まれたのは生物学的にパンダではないので『子のパンダ』には当たらず返還の義務はあるのか、という話です」

「つまり?」

「子どもではあるがパンダではないという事ですね」

松下の言葉を聞き大臣は首をひねる。

「なんだか難しいねぇ。君どう思うの」

「私見としては出産した事実と分類学上の種別は分けて考えるべきだと。パンダが産んだ子どもである以上法律上はパンダとして見なすのがこの場合は適当でしょう」

「あまりにも暴論だと思います」

環境省の男が口を挟む。

「元々ワシントン条約に引っかかるレベルの希少種です。そんなパンダが新種を産んだとしたら超天然記念物級の生き物ですよ。返還を考える前にまず保護が必要です」

鋭い目つきに松下は思わず目を逸らしてしまう。何か彼の逆鱗に触れてしまったようだ。注目を逸さなくては。

「……貴重な意見ありがとうございます。他の方の意見も伺ってよろしいでしょうか?」

「私!?いやー……パンダは家畜ではないので農水省の私からはちょっと、ねぇ」

この野郎逃げやがった。次だ。隣の文科省の男にでも話を振っとくか。松下は目線を横に移し隣の男を見た。

「私たちは研究ができればなんでもいいですね。論文書いたらNatureに名前乗らないかなぁ」

自分勝手な返答に環境省の男がくってかかる。

「あのですね、今はそのような話ではなくパンダをどう扱うかという話で……」

「なんですか?研究費削りますよ?」

文科省の男の一声で萎縮した環境省の男を見て、松下は内心ガッツポーズをした。こいつらをほっといてまともに話せる奴だけと話そう。そう思いずっと眉間に皺を寄せ、真剣な表情をしている外務省の男に松下は話を聞くことにした。

「そうですね……私としては……」

思案しながら話している事が伝わってくる。いつの間にか皆の注目は外務省の男に注がれていた。

「外交の時、向こうに怒られるのだけは嫌だなって…….」

も、もうダメだ。

数日後C国から交渉の担当者がこちらへとやってきた。その男も松下と同じく目の下に大きなクマを作っており疲労困憊という様子だった。

「はるばるお越しくださり誠にありがとうございます」

松下が握手のため差し出した手を握る力はあまりにも頼りないものだった。

「その、失礼ですがC国内ではどのような結論が?」

「酷いもんですよ!何も決まらず!」

男は泣きそうな声で訴える。どうやらJ国とそう変わらないらしい。松下がほぼ一人で徹夜して交渉内容を考えていたが全てにおいて前例のない出来事で内容はほとんどまとまっていなかった。

「法務省のやつは子供の定義の話で堂々巡りだ!環境省に話させれば延々と環境保護がいかに素晴らしいかのスピーチ!文部省は電卓で来季の予算をずっと計算してやがる!外務省のあいつは……腹が痛いと言って休みやがった、絶対仮病だ……」

「どうやら、そちらの国もJ国と同じようですね」

「おお、あなた達もですか。どうやら我々が頑張るしかないようですね」

同じ境遇の二人が出会った事によって、話し合いは随分とスムーズに進んだ。二人は寝食を忘れて条約の改正に取り組み、改められた条約の厚みはどんどんと増していった。

「まず、子のパンダという一文では十分にカバーが出来ていませんね。パンダが産んだ個体としましょう」

「パンダが生殖行動によって生じさせた個体、まあこんな感じですかね」

「より幅広いケースに対応するには……」

「遺伝子的な分類を問わず……」

「生まれた個体にパンダの要素が一切ない場合も検討しましょう」

後日、松下が最終的に出来上がった条文を会議で大臣達に見せると、周りからは驚きと称賛の声が上がった。

「す、凄い量ですね。これをお一人で?」

「私とC国の担当者で打ち合わせを重ね作成しました。今回の件を鑑みてありとあらゆるケースに対応するようにしています。もう漏れはないと言っていいでしょう」

各省庁からも当然反対の声は出ず、大臣もこれに満足気であった。やっと終わった。松下がそう思った瞬間、扉が大きく開いた。

「大臣、大変です!」

入ってきた男は息を切らしながらパンダがまた……と言い続ける。しかし松下は慌てていない。『また』という事は子供関係の話だろう。あれほど時間をかけ作り上げた条文に不備はない。どんな場合でも対応できる。

「落ち着いてください。また子供が産まれたんですね?当時の状況は分かりますか?先日と何が変わった点は?」

「産まれたというか……」

言葉を濁す男に松下は嫌な予感がする。何か、次の言葉を聞いてしまったら私は倒れてしまうんじゃないか。そんな気配までしてきた。

「産まれたというか、増えました。先日産まれた子供が二つに分裂しています。DNA鑑定で2匹は全くの同一個体となっています」

松下は気が遠くなりバタンとその場に倒れ込む。

「え、何々?この文章、分裂した時の事は書いてないの?」

薄れゆく意識の中、松下が最後に聞いたのは大臣の間抜けな声だった。

『史上初!外交問題になった新種!SNSでは仲良く半分こしたら?という声も?』

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