「関ヶ原の戦いって何年に起きたっけ」
大学の友人、基村が俺に尋ねてくる。
「……1600年。お前見ない間に白髪増えてないか」
「……そうか、じゃあスカイツリーって何メートルだっけ」
「634だろ。ムサシだよムサシ」
「円周率は」
「3.14。ゆとりじゃないしな」
「なら、1分は何秒?」
「はあ?60秒に決まってんだろ?」
「じゃあ、コンドームって基本何ミリと何ミリ……」
「おい、もういい加減にしろよなんだよこれ」
俺は基村の話を無理やり遮る。しばらく大学に顔を見せなかったかと思えば意味のわからない質問攻めだ。あいつ、どうかしてしまったのだろうか。
「俺の中では全部違う」
「は?どういうこと?」
「お前が言った数字だよ。俺が記憶してる年数やメートルじゃなくなってる」
基村が何を言っているのか数秒理解できず、俺は固まってしまった。
「何が、どう違うんだよ」
「関ヶ原の戦いは確かに1605年だったんだ。スカイツリーは691メートル。無口な建物スカイツリーで覚えてた」
大学休んでまでそんな冗談を、一瞬そう考えたが基村の深刻そうな表情を見る限りどうやらそうではないらしい。
「ちょっと、座りながら話さないか」
俺たちは大学の食堂に入り、空いている席に腰掛けた。そこで基村はスマホを取り出し中のメモを俺に見せる。
そこには日付と建築物や歴史上の出来事、それが何年にできたかやどれくらいの大きさかがメモされていた。
7月31日
スカイツリー 691
8月1日
スカイツリー 634
この調子でさまざまな物や出来事が記録されていた。
「数字だけなんだよ。歴史もしっかり覚えてるしこれを見てスマホだってこともわかる」
基村は自分のスマホを爪でカツカツと叩く。苛立ちを隠せていない、というか隠す気もないようだ。
「最初は月だった」
「子供の頃読んだ本で月の大きさをなんとなく覚えてたんだ。それで最近テレビを見てたら月の大きさはどれくらいかってクイズやってて。全然違うんだよ数字が」
「子供の頃の話だろ?それは記憶違いとかあるんじゃないか?」
「俺もそう思ってネットで調べたんだ」
「どうだったよ」
「……テレビで言ってた数字で合ってた」
「だろ?思い過ごしだよそれは」
「ただ、これが出てきたんだよ」
基村のスマホにはオカルト系のまとめサイトが映っていた。それは『月が日に日に大きくなっているのにみんながそれに気がついてない』というタイトルのスレッドだった。内容は基村が主張している内容と大差なく、自分だけが月の大きさが変わっていることに気がついている。というものだった。
「で、お前もここに書かれてる事と同じこと思ってんの?」
「大体な……こいつみたいに正確な数字は追えてないけど、確実に数字は変わってる」
「お前も書き込んだやつも、正直病院に行ったほうがいいな。なんだったら付き添うぞ」
俺がそう言い終わる前に基村は言葉を被せる。
「いや、脳とか心とか、そういうのがおかしいんじゃないんだ。上手く言えないけど」
「じゃあなんなんだよ」
「……」
「俺次の授業あるから行くけど、とにかく大学は来いよな。あんまサボってると留年するぞ」
俺に釣られて基村も席を立つ。彼の緩慢な動きから納得がいっていない事が容易に窺えた。
次の日俺は基村に呼び出され再び食堂に来ていた。予定の13時より10分ほど早く着いてしまったが、基村はすでに席に座っていた。俺は急ぎ足で彼の前に座る。
「早いないつからいた?」
「ずっとだ」
「え?」
「いや、いいんだ。それよりこれ見てくれないか」
基村はスマホを取り出すと俺にSNSの書き込みを見せてきた。
「時計の数字がおかしい、わかる人いませんか。朝起きたら誕生日が変わってた。一般的なプールって24メートルですよね……」
「俺と同じような事が起きてる人間がいる。しかも一人や二人じゃない」
確かに、複数人基村と同じことを言っている人間がいるようだ。しかしどれもまともに取り合ってもらえておらずフォロワーが当たり障りのない返信をしているだけだった。
「俺、これ全員にDM送ったんだよ、けど返信が来たのはこのプールのやつだけだった」
「うーん、見た感じ他のは投稿頻度も少ないしそもそもこの投稿も半年くらい前だからこのアカウント使ってないんじゃないか?プールのやつはなんて言ってた?」
「俺と同じ。自分だけ認識してる数字が違くて周りから理解されないって。けど、試しに関ヶ原の戦いが起こった年を聞いてみたんだよ。そいつは1600年って言ってた」
「数字がおかしいと思ってる奴の中でも認識にズレがあるって事だな」
与太話だと思いながらもつい基村のペースに乗ってしまう。昨日から感じていた事だが、基村の話し方や佇まいから今までと違った雰囲気があるからだろうか。
「結局、このプールのやつも返信が返ってこなくなった」
「お前からかわれたんじゃないの?」
「いや、多分違う。こいつ含めてSNSに書き込んでるやつ、多分だけど、死んでると思う」
「はぁ!?」
あまりに突拍子もないことを言い出すので思わず声が大きくなる。基村の手を見るとカタカタと震えていた。
「世界の不都合に気がついて変な組織に消されたとか?それは流石に……」
「そういう訳じゃない。ああ、なんとなく分かってきた」
俯き眉間に皺を寄せる基村の迫力に俺は思わず息を呑む。その時、基村の頭からはらりと白髪が一本落ちてきた。よく見ると、確実に昨日より髪の毛に白髪が混じっている。
「なあ」
基村は俯いたまま俺に呼びかける。
「お前さっき聞いたよな。俺にどれくらい待ってたかって」
「え、ああ……。10分前に着いたのにもういたから、いつからいたのかなって」
「確かに時計では12時45分だったんだ。けど、あの時間は5分なんてもんじゃない。もっともっと長くて……」
基村の様子がおかしい。さっきより白髪が増えているように思える。よく見ると、大学生には似つかわしくないシワが顔に刻まれている。瞬きするたびに、少しずつ老けている。
「書き込んでた奴らもこうやって死んだんだ。今やっと分かった。この感覚が……」
「おい!どうしたんだよ!分かったって何が!」
ガタリ。
基村が椅子から滑るように落ちた。賑やかなはずの食堂がしんと静まり返ったように錯覚する。なかなか起き上がってこない基村を起こそうとテーブルの向こう側に回ると、彼がきていた服の中で乾いた砂がサラサラと流れていた。
